人事を尽くして天命を待つ!

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09 /12 2017

往々にして 人は悩む。

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いつ するの?…今でしょう!

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07 /26 2017

私達は日々 多くの問題に直面します。
長い間 かかって解決しなければならない問題もあれば、直ぐに解決できる問題もある。

生きる事は しなければならない問題が山積です。

ある日 私は 私の生徒さんに ①やらなければならない事 ②やった方が良い事 ③やりたい事 ④やらない方が良い事 ⑤やってはいけない事 を 考えてもらった事がある。

人生 何となくやらなければならない事 やるべき事で一杯な気がすると 思います。

しかし、良~く考えると 本当に是非 今 やらなければならない事は 少ない事に 気づいて頂けると思います。

同様に やってはいけない事も そんなに多くはないのです。

ところが 多くの人が 自分で自分の中にルールを作って これはやらなければいけない事! これはやってはいけない事!と、決め込んでいるのです。

ある方の やらなければいけない事は“掃除 洗濯 後始末”でした。

我々 主婦??の概念は これらの仕事を完璧にする事が 日本の常識☆と、思われていると思います。

世界一良い奥さんの国日本ですから…その位 当たり前でしょう。(因みに 英語の言い伝え?に、世界一幸せな男は 英国住宅に住み アメリカのサラリーを貰い 中国人のコックを雇い 日本人の奥さんをめとる。事だそうですよ(*^.^*))

我が家では 最近まで私の母の体調がすぐれなかった為に 私が母の介護で家を留守にする事が多く 主人が 例の“掃除 洗濯 後始末”を 担当してくれています。私は 食事の仕度と買い物のみ??

ちなみに うちの主人は世界一できる主夫を輩出するオーストラリア出身ではない。の ですが…逆に世界一使えない夫を輩出する印度出身なのですが…(((^^;)

母が亡くなった今 無理すれば できない事もない家事ですが…少しばかり(かなり)怠けて お願いしています。と、いうのは 私にとっての家事は 優先順位が低いからなのです。先程の①~⑤の中では②のやった方が良い!事 なので…しかし これをいうと友人や妹達に「だから 貴女の家はいつまでも片付かない。」と、怒られそうですが…(-.-)

因みに 印度では これらは専門の人々がやってくれます。私の唯一まともにできる料理まで…。(一時代前までは召使いと 呼ばれていましたが、今は違うらしい('';))

話を戻して…もし自分のやりたい事 やらなければいけない事を見つけたら…是非 早急にそれをやって下さい。往々にして人は もう少し時間ができたら もう少しお金に余裕ができたら もう少し'しがらみ'がなくなったら もう少し元気になったら…って色々理由をつけて物事を先延ばしにしてしまう傾向があります。
かく言う 私も その全部の理由で(健康のみ もう少し痩せてからですが…)やりたい事を先延ばしにしています(-.-)。

でも その いつかはいつ来るのでしょう?

私の知り合いは いつか世界旅行が行きたい!!と、言っていましたが…今は身体を壊して何処にも行けません。
私の友人は いつかお母さんと旅をしたいと、言ってましたが…お母さんは病気で亡くなってしまいました。


やらなければならない事があったら…是非 直ぐにでもやって下さい。
やりたい事があったら 万難を排して今やりましょう。

いつ やるの?…今 でしょう!

これは 私自身にも 叱咤激励のメッセージにします。

やれる事はやれる時に…決して先延ばしにしてはなりません。

道は真ん中を歩こう(^-^)

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07 /21 2017

前回 時間に余裕ができたから ブログを書くことにした。
と、書いたんだけれど…実はそんなに時間はある訳じゃない…(^^;って気づいてしまいました。

何故か毎日毎日 雑用が野暮用ができてしまう。
私が悪いのか 世間が悪いのか…誰も悪くないのか…???

今日は 道は真ん中を歩こう!って書こう。と、思います。

きっと 道の真ん中を歩くって何?って言われそうですね(((^^;)

今日の 道の真ん中は "中道" って話です。

今から2500年も前にお釈迦様は 私達の人生は 真ん中位が良い!と、教えて下さいました。

何事も ホドホド人生が良いよ!との事です。

何故 私が今日 こんな事を云うかと言えば…先日 ベジタリアンの話を聞いたからなのです。

ある人が 身体に良いからベジタリアンになろうとしたそうです。

確かに 日本人は明治時代になるまで 四つ足の動物の肉は あまり食べてきませんでした。
魚と 少しの鳥と もっと少しの兎(だから 兎は今でも1羽2羽と、数えます。)と、珠に猪や馬?位でしょう。だから 日本人の身体は肉を食べるのに適していないのかもしれません。事実 日本人の腸は 肉食の欧米人より長く 然るに日本人は胴長短足になった云々 って 話もあります(-.-)

それは 置いておいて…そこで 完璧なベジタリアンになるのに…肉や魚は何も食べないようにした。と、云う話を聞いたのです。

さあ それは身体にそして心に良いのでしょうか?

私の答は ノー❌です。

人は進化の過程で 雑食であったからこそ 脳が発達したのだそうです。

もし…菜食であり続けたら 人は狩りをせず 道具の発達も遅れ 多分 まだ樹上生活を続けていたかも知れません。
栄養面においても 雑食は脳に良い栄養を与えてくれます。(カラスをみて下さい)

因みに 菜食主義者はデブだって知っていましたか?

えっ そんな馬鹿な!っておっしゃるかも知れません。
しかし 事実 インドのベジタリアンの方々はかなりデブです。
と、いうのは…人間の肉体を支える為のエネルギーは 肉食菜食に関わらず 同じくらい必要なのです。と、すると 肉食の人が動物性タンパク質に頼るエネルギーは菜食の人は豆類 糖類 等に頼る事になります。と、すると 余分なエネルギーが 飢餓に備えて蓄積する人間の機能によって 太ってしまうそうです。 又 菜食の食物を消化するためには肉食の場合よりより長い腸が必要となります。つまり その腸をしまっておく大きなお腹がいるのです。
動物でも 象 かば サイ 牛 ヌー等 菜食の動物は 肉食の チータ プーマ 狼などと比べて 大きくなる傾向があるのです。
ですから 食べるものも全ての物をほどほどに適度良く摂ると良いのですよ。

因みに 宗教人の中には 動物は生きているから…って方がいるけれど…植物だって生きています。
人間は 他の生物の命を頂かないと生きていけない 悲しい生物なのです。

と、言うことで…話を前に戻しましょう。

それで…物事はほどほど が良いのです。

左翼も右翼も 偏りすぎた考え方では 良くないのです。

勉強でも 運動でも 何でも一番が良いと、思うでしょう?

でも 一番はとても辛いのです。

一番になると それより上はありません。
多くの人に期待され 自分もそれに答えようとします。余分なプレッシャーを自分にかけ…何故 自分が 勉強なりスポーツなりしていたのか?? わからなくなってきてしまいます。

だから 何事も ㊥くらい 真ん中位が丁度良いのです。

頑張りすぎず 余裕をもって楽しめる位 勉強やスポーツなら 2番目くらいにしておくと…すごーく楽なのです。

何でも極端に かたよりすぎると 周りをを見回す余裕も 身体や心を回転や反転させる 隙間も余裕もなくなります。

だから…中くらいにして 周りを見回したり 観察したり楽しんだり たまには反転したり逆走したりする余裕を作ると、良いのです。

あまり お金持ちになるのも? あまり有名になるのも? あまり出来すぎ君になるのも? あまり 1つの考えに凝り固まるのも? あまり優秀なのも? あまり賢いのも? あまり健康すぎるのも? あまり貧乏すぎるのも? あまり考えなさすぎるのも考えすぎるのも…み~んな??? σ(^_^;)? なのです。

物事は み~んな ほどほどに 真ん中位で ㊥くらい 無理せず 無駄せず ムラ無しで 楽しく余裕を持って生きていくのが良いようです。

お釈迦様のおっしゃった "中道"
ほどほど人生を…そして その分 できた余裕をしっかり楽しんでみて下さいね(^-^)ゝ゛

世の中 ホドホド人生で…(^.^)


サムサーラのお次はカルマかな⁉

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07 /09 2017

前回はサムサーラの事を書きました。

私は サムサーラは河の音 刹那刹那の存在を観ること!と、書きましたが…多くの人が それから 発展しサムサーラは輪廻転生!と、考える事も多いのです!!

そして 輪廻転生の基本がカルマになります。

カルマは日本語で 仏教的 日本語では "業" と、訳されています。私が karma を初めて学んだのは インドだったので…karma=業 とは なりませんでした。「あれ そんな事を言っても karmaは 業なんでしょ。」って 言われる気がします。
でも…私には 業 と、言われると 運命 宿命 そして 宿業 と、云うイメージがついて回ります。

ちょっと ここで寄り道して…運命について 少しだけ語らせて下さい。
私達が「あぁ これは運命なんだ(^-^;」って 云うと…何か 神様 仏様に決められて変える事のできない事実をイメージします。
しかし それはどちらかと言うと 一神教の絶対無二の神様が 全ての良し悪しを決める宗教に良く見られます。生きるも死ぬも神様の思し召しの通り 否 死語の世界まで 神の審判を待ち 最後の審判が下されるまで…じっと待機!ってのが 一神教の絶対無二の神を信望する人々の考えなのです。

主には アブラハムの息子の宗教 アラビア半島出身の ユダヤ教 キリスト教 イスラム教の人々の絶対神の教える教義の中にある考えかも知れません。
因みに もし 気づかれない方がいらっしゃるかもしれませんので…蛇足でしょうが…一言…いつも喧嘩ばかり 戦争ばかりしている上記の三宗教は 皆 兄弟宗教です。信徒は皆 アダムとイブの末裔 更にはアブラハムの末裔で 大天使ミカエル ガブリエル等が 神の御言葉は宗祖様の所に運び 起きた宗教で ほぼ同じ場所で起きた宗教でもあります。
則ち 彼らは何千年も世界規模の兄弟喧嘩をしているのであります(-.-)

と、本筋に話を戻し…私の 学んだ 又は考えるkarmaに話を戻しましょう。

とりあえず インド思想の考えるカルマを先に 説明しておきます。

彼らの考えるカルマとは…簡単に言うと "行為" の事を言います。
ですから カルマの法則とは言い換えると "因果応報"の 事を差します。

貴方の昨日の行動が 今日をつくり、
貴方の今日の行動が 明日を作ると 言うことです。

ですから 貴方の今生の有り様は 貴方の前世の結果であり 貴方の来生は 今の貴方の生き方 つまり 今生が決めていると云うことなのです。

ただし この行為とは 行動のみをいうのではありません。
貴方の 思い 想い 考え方 生き方 存在の仕方 あり方 全てを差します。
ですから…勿論 悪しき思いや 正しき在り方 これらも全て それなりの結果をもたらすと 考えられます。

と、そこで問題は この善悪を誰が決めるか ('';)?? って 事です。

ある種の宗教は楽に神様に決めてもらいます。
ある社会は 社会規範や 世に云う常識 多数決 過去の範例 良心 等々 やり方は様々な事でしょう。

でも 私は この善悪も 行為とその結果(因果応報)も 己で決めるのだと思います。

人には決まった寿命 定命 が あると思われます。

では その人の備わった命の長さ 運命は誰が決めるのでしょう?

人の運命や寿命も含めて 全て 己自身で決めて生まれてくるのだと思います。

日本では 良く親に不平不満があるとき「好きであんたの子供に生まれたわけじゃない!」と、言いますが…インドでは 皆 自分で選んでその親の子になろうと決めて生まれて来るのだといわれています。
だから 「好きで 選んだくせに…」と、言ってやれば良いのです。(笑)

自分のとった行為 思想 選択 全てに責任を取りなさい。と、いうのがカルマの法則 なのでしょう。

それが 嫌なら神様のせい や 他人のせい にすると良いのですσ(^_^;)

中々 難しい人生でしょうが…好きで選んで この世に生まれて この人生を生きているのです。

たとえ 選択を間違えた(-。-;)と、思っても
人生これ塞翁が馬 きっと それもこれも良い経験! しっかり楽しんで下さいね。
もしかして 塞翁が暴れ馬!! かもしれませんが…。
全てを 楽しめる余裕を…( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

サムサーラって( -_・)?

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07 /02 2017

前回 ブログの最後にサムサーラって書きました。

して…サムサーラって何 ??? って事になりますよね。

サムサーラに関しては 色々な意味があるので…本当に難しいσ(^_^;)?

良い意味でも 悪い意味でも 存在します。

一番良く 言われるのは サムサーラ=輪廻→輪廻転生 すなわち 人生 世界 世の中 此岸 命

これらは全て1つの意味から派生します。

つまり サムサーラとは流れると 云う 意味からなのです。

私のインド時代の哲学の先生は サムサーラは河の流れる音!と、教えてくれました。

日本の 童謡でも "春の小川はサラサラいくよ。" と いうのがありますよね(^.^)

川はサラサラ サムサーラと流れるのです。

そこで考えて欲しいのは 私達が普段 "川" と 認識しているのは何なんでしょう?

えっ 変な質問しないでよ! 川は川でしょ!と、答えられるでしょう。

しかし 私達が見ている川は常に同じものなのでしょうか?

川は 一つ一つの水滴が何千万何億と集まって1つの流れ=川になるのです。
だから 私達が川のある1ヶ所を見て 変わらず川だと思うのは 勘違い 錯覚 だと 言うのです。

私達の肉体や全ての物 森羅万象において 存在するもの 否 存在しないもの に 至るまで 一瞬でも同じものはないのです。

我々の肉体における細胞や血液,体液,爪や髪に至るまで全て刻一刻と変化しているのですが…私は私と認識しているのが 人間なのです。

だから この世の全てはMaya(幻)だと 云うのです。

そして 全てのものは 刻一刻と変化しているのが この世界なのです。

だから…諸行無常
常なる物など 存在しないのです。

サムサーラは流れる!
河は流れる。
人はカルマを重ねて輪廻転生を繰り返す。
その繰り返す世界がこの世であり 世界そのものなのだと!語るのです。

ある人は サムサーラを"life of becoming"と 書いて いました。
今日なれないものに明日なろう。と、それも 変化なのでしょう。

だから いつまでも 輪廻を繰返し解脱しない…悟らないので…良くないと(^-^)
より良くなろうと努力するのだから…良いと(^o^)

私は どちらでも良いと思います。人は選んで 好んでこの世に生まれてくる!と、いわれています。
色々経験しトライしたければ何回でも輪廻すればよい。
もう これで良いと思えば解脱すれば良い。

私は 私の先生がおっしゃった "サムサーラは河の流れる音"と 云う 言葉が大好きです。

河は流れるままに…
そして その流れる音が聴こえる様に…

観音様は 音を観るのです。

そして インドの河は 大河なのです。

あらゆるものを 呑み込み 悠々と大海に流れ込むのです。

だから インドでは 亡くなると 大河ガンジスにその灰をまき 河の1滴1滴の水滴と共に 大海に帰っていくのだと思います。

人類の祖先は 大昔 海から生まれたのですから…。

ただ あるものをあるがままに 受け入れてやると良いのでしょう。

川は川で 河は河で 良いのでしょう…。





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